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●病んでいる。
この前、映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」を観てきた。
アカデミー賞(長編ドキュメンタリー部門)を受賞したアメリカの銃問題に関するアポなし突撃取材作品で、アメリカハクジンのお馬鹿さ全開(全壊?)のおもろい映画だ。まだ見ていない人は観たほうがイイ。近くの映画館でやっていない人は、ビデオ化されたら絶対観たほうがイイ。監督はマイケル・ムーア。
彼の著書Stupid White Men(邦題:バカでマヌケなアメリカ白人)という本もあわせて読むことをお勧めする。
1999年4月20日、コロラド州リトルトンのコロンバイン高校の生徒2名が校内で自動小銃を乱射した。マリリン・マンソンのファンでトレンチコートマフィアに所属し、コンピュータをつないで対戦ゲームをすることにハマっていたいじめられっ子の2人の少年は、ネット上に「ムカつく連中に復讐する。バクダンでぶっ飛ばす。」と書き込んで、ネットで学んだ方法で時限装置付きバクダンを作り、「500人殺す」とメモを残し、4月20日の午前中はボウリングを2ゲームして、午後になると黒のトレンチコートを着て学校内のカフェで笑いながらセミオートマチックライフルを12時30分から1時間もの間ぶっぱなし、13人を殺して23人に重症を負わせ、コートの下にバクダンを抱いたまま自殺したという事件だ。かなーりビョーキ。サスペンスモノを見ていると、犯人が犯行の直前にしていたことが事件のカギな場合が多いが、事件後、コロラド州はマリリン・マンソンのライブを禁止。この映画の最後にムーアは問いかける。
「なんでボウリングは禁止しないのか?」
映画の冒頭、監督が銀行口座を開設するシーンがある。この銀行では口座開設した人にはもれなくお好きな銃をプレゼントキャンペーン中!監督は分厚いカタログから大きなライフル銃を選んだ。あなたは重犯罪人ですか?という審査を通過しライフルを手に入れた。行員のおばちゃんは、「精神病患者ですか?っていう質問はしなくていいの?」の質問に「そんな項目ないもの」、「銀行でライフル銃を配るというのは危なくない?」という質問に「弾は渡さないから心配いらないのよ〜」とのんき顔。でも実弾なんでスーパーマケットで買えるんだもんね。
さてさて、銃を乱射した生徒が病んでいるのか? アメリカが病んでいるのか?
多くのアメリカジンは銃が無いと自分や家族の命を守れないと言い訳しながら銃を所持しているが、言うまでもなく、銃が無いほうが家族も家族以外の人も死なないですむ。
銃規制をしている隣国をみればすぐにわかること。アメリカジンの道理は通らない。
移動のためにクルマは便利だけれど交通事故でおにいちゃんが車イスに乗ることもある。肉を切るのにナイフは便利だけれどうっかりママが指を切ることもある。簡単に殺傷できて銃は便利だけれど暴発して6才の少年が6才の少女を殺すこともある。釘を打つのにトンカチは便利だけれどうっかりパパの指に血豆ができることもある。必要ないのはさぁどれ?
そもそもアメリカほどバイオレンスが好きな国は無い。
アルカイダに銃を配って、ともに湾岸戦争を戦い、その武器で領事館を爆破され、揚げ句の果てに同時多発テロ。喧嘩上等!やられたらやり返す。アフガニスタン空爆。
ついでにイラク人殺戮。
国連の言うことなんか聞かない。フセインやっつけて石油を手に入れろ。
自国の黒人は殺してしまう。貧乏人よもっと貧乏になれ。名前も知らないどっかの国を週に1度は爆撃だ。だってアメリカは地球上で一番強い国だもん。やられる前でもやり返す。実は怖いから、やり返す。
ここまで露骨にバカにされたたのだから、国連加盟諸国はアメリカに対してが本気で怒らなきゃ。
ボクはアメリカがキライなんじゃない。アメリカから発信される音楽や技術は素晴らしいものがあるし、アメリカ映画が無くちゃ週末は退屈してしまう。
ただ、一部のアホなエリートの詐欺師にまんまと騙され投票したり、この偉大な生命への冒涜に気づかないでこの地球で暮らしていたり、国連がいつまでもアメリカの持ち物のままでいたり、みんな、なんつーか、サイテーだって思うだけ。
メディアが人に恐怖を煽り、恐怖が人を狂気に走らせ、狂気が人を銃に走らせる。自業自得だというのに。
この映画は、泣ける映画でも怒れる映画でも悲しい映画でもない。笑える映画だ。笑いが"力"足りえることを証明した底抜けに明るい映画だ。とにかくおもしろい。
ジーパンとよれよれのネルシャツと野球帽。ブルーカラー丸出しのこの愛すべき戦闘服を着て、巨体を揺らしてのそのそと、笑顔を絶やさず、カメラだけを武器に、ムーアは誰にでも闘いを挑む。
映画館を出ると、通りは人でごった返していた。
この中に銃を持っている人が1人でもいたら。もし、そいつが銃を乱射したら...。
本来、人間は危険なモノが大好きなのだ。
ボクシング、F1レース、アクロバット飛行、だんじり祭り、歌舞伎町、こっくりさん...(余談だけど、ボクは中学生の頃、友人と学校の近所のお寺の境内でこっくりさんをしていてとても怖い思いをしたことがある。マジで。)ミサイルとか戦闘機とか戦車ってカッコイイし、チョップ1つで相手を倒すジャイアント馬場もすっげーと思う。だから銃に魅せられるのもわからないではない。理解はできるけど、誰でも銃を所持できることがイイとは思わない。だいたい、飛び道具というのはよくないと思う。殺しても、痛みや惨たらしさが手に伝わってこないから、"殺し"を気軽なものにしてしまう。
ありがたいことに、ぼくらの日本では国民が銃を自由に所持できるような法律は一応無いことになっている。狩猟や競技用のライフル銃を所持するためにも登録やら管理に関して様々な規制を設けている。ボクの知人の家には狩猟用のライフル銃があって、所有者として登録しているのはパパさん。もちろん、厳重な保管をしている。ある日、パパさんが留守の時に保管状況を確認すると言って職員がやってきてこう言った。「ライフル銃の保管庫には鍵をかけてありますね?」ママさんは答える。「もちろんです!」すると職員が「じゃあ、念のためライフル銃を見せてもらえますか?」と言った。
ママさんは何のためらいも無く、保管庫の鍵を開けてライフル銃を職員に手渡した。
職員が言う。「あなたが保管庫からライフル銃をとり出すのは違法ですよ!」
カマをかけるひどい職員の話だが、簡単に銃を手に取っちゃぁいけないよという規制の心意気が伝わる話だ。
日本人は平和ボケしている。ボクもそう。テポドンが日本海に降ってきても、戦争になんてならないと信じちゃっているし、何があってもボクだけは大丈夫と、根拠はないが、信じている。事実、ボクは何事も無く今日も生きている。つまり、平和ボケしていてもとりあえず大丈夫ということだ。
もし、日本が銃解禁になったらボクはこれまでと同様に安心しているだろうか?
銃による不安を銃よって解決するという安易な道を選択しないだろうか?
ボクにはわからない。
わからないけど、銃犯罪が増えるのは必至だろう。無用の犯罪、死者、不慮の事故を増やす。
そう思うと、銃規制という当たり前の決まり事があることでどれだけの安心感が得られるのか、考えさせられる。平和ボケ大国ニッポン。銃による死と隣り合わせよりいいな。銃規制があってよかった。
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