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●時間がない!
近頃のボクは柄にもなく、パソコン講師ってのをやってる。
知り合いのセンセーに頼まれたのがことの始まりだった。パソコンなんて教えたこともないボクに頼む、このセンセーもセンセーだけど、引き受けちゃうボクもボクだ。センセーもボクも「まぁ、初心者相手のことなのでそれほどシビアにならなくてもいいだろう」な〜んて考えたのが甘かった。ボクの生徒達?の年代はボクの両親や祖父や祖母と言ってもいい人たちが多い。年齢は高いけど、平均するとパソコン歴1、2年といったところ。全員がネットサーフィンと電子メールでのやりとりが可能というレベルには達している。
引き受けたところで、はたと考えた。
『この年代の人は、パソコンで何をしたいのだろう?』
ほとんどの人が第一線を退いた人たちだ。そんなに難しいことを教えても仕方がない。
ということで メパソコンを使って楽しく遊ぶ モということをテーマにした。
反対に、【パソコンを教える=エクセルやワードといったビジネスソフトの使い方】などという、パソコン教室にありがちで、この年代の生徒達に役立たないようなつまらないものは一切しない。会社を引退し、残りの人生を自由に楽しもうという人に表計算が必要か?これまで手書きで書いてきた年賀状を、どうしてワードで作る必要がある?パソコンの面白さはビジネスソフトでは知れるわけなどありゃしない。
大体、ホームユースのパソコンにビジネスソフトがインストールしてあるのも不思議でならない。本来なら使う側の人間が必要と思ったソフトウエアを買えば済むことだ。というか、それが自然だ。
ソフトをいっぱいくっつけることが魅力的なパソコンではないと思う。
ソフトに頼らなくてもいいように、魅力的な本体をデザインすればいい。
iMac以降、確かにパソコンのデザインは見直されてはきたかもしれないけど、ぶっとんだデザインは何一つ生まれなかった。「スケルトンだ」「トランスルーセント」だとあらゆるモノが半透明になっただけ。何一つオリジナリティなんてものは生まれなかったではないか。
ひとつくらい、日本的なデザインが生まれても良さそうなのに。茶の間や床の間に飾っておかしくない木製のパソコンとかあったら買うんだけどなぁ。そういえば、ある量販店がオモシロ半分で漆塗りのパソコンを出したことがあった。金箔を張った本格的な蒔絵を施したりもしていたようだ。何層にも漆を塗るので、相当な金額になるということだった。外見だけじゃなくて、OSも標準でカスタマイズされてて日本っぽかったりしたら、イケるかもしれない。もちろん、キーボードのプリントももう少し和風で。丸いキートップにしちゃうなんてのも良いかも知れない。パソコンの前身であるタイプライターは丸いキートップなんだし、押しにくいってことはないはず。丸いとキーとキーの間隔が開いてしまうのが嫌なのかもしれない。特に日本人のようになんでもかんでも小さくしたくてウズウズしてしまう国民性ではこんなアイデアはボツになるのだろう。
閑話休題
ボクは生徒のみんなにパソコンで何がやりたいのか聞いてみた。
その多くは、「電子アルバムを作りたい」というものだった。
いままで撮りだめしてきた銀塩写真をデジタルに変換し、保存したいという。
CD-Rも標準装備になってきたことも理由のひとつだろうが、少し意外な答えだった。
デジカメはボクにとって素材を写す道具にすぎないし、デジカメで撮影したものもまた記録、データの域を出ない。でも銀塩写真は作品であって、人の記憶である。光と色と空気を読みとり、瞬間の景色を印画紙に焼き付ける。スナップ写真は色が褪せていくから時間の流れを感じることが出来るのだ。いつまでもきれいなままのデジタル画像はちっともステキに思えない。
みんなに写真を持ってきてもらうと、「数年前の旅行で写したの」といった写真がいっぱい集まった。いまのままでも充分キレイな保存状態だ。わざわざデジタル化する必要があるのかな?と疑問に思いつつ、スキャン・色修正をしてからCD-Rへと焼く。何人分かの作業が終わり、ひとりの生徒さんに聞いてみた。
「CD-Rに焼いた写真はどうするんですか?」
「孫に送るのよ。ほら、今の子って何でもパソコンでやるでしょ。だからね、写真を焼き増しするより確実に見てもらえるのよ。」
そういうことか。
これをお孫さんに送るのか...。
この話を聞いていて、お孫さんがこのCD-Rを手にしているところを想像した。
どうしてかな。笑っている姿が浮かんでこない。
【魔女の宅急便】のワンシーンが浮かんできてしまったからに違いない。
「こんな写真、どうしろっていうの?」
「わたし、いらないんだけど」
せっかく作った電子アルバムが無駄にならなければイイナと思う。
ボクの想像が間違っていることを願う。
とまどっているボクに、写真を見せるみんなの表情はとても明るいし、元気いっぱいだ。
ボクの考えたことなんてまるでどこ吹く風。
その顔を見ていて、写真をデジタル化することが目的ではないということに気づいた。電子アルバムをきれいに仕上げることや、操作を習得することはどうでもいい。彼らはパソコンを覚えたいのではない。パソコンを使うことで、彼らは自分の存在を再認識しているに違いない。ジェネレーション・ギャップを克服するためのパソ
コン習得。
パソコンを覚える
↓
パソコンは若い人だけのモノではない
↓
自分は孫と同じことが出来る
↓
自分はまだまだ現役だ!
自分が元気であればパソコンを使って何かが出来る。
パソコンを使えれば孫とコミュニケーションが取れる。
ビジネスで嫌々キーボードをひっぱたいている(投げつけている?)窓際お父さん達とはレベルが違いすぎる。元気でありつづければ、彼らはなんだってパソコンで出来るようになるに違いない。きっと、ボクたち若者以上にどん欲なまでの好奇心を持っているのだろう。
「違うわよ! ここをこうするのよぉ」
いつの間にか、生徒同士でのレクチャーが始まっていた。
みんなに教えているのは80才になるおばあちゃん。
後ろから見ていると、確かにボクの教えたとおりの操作である。
「それにしても覚えるの、早いですね」
「でもね先生、みんなは遅くてもいいのよ」
「えっ、どうしてですか?」
「ほら、みんなはお若いから。あたしにはもう時間がないのよ!(笑)」
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