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●寝苦しい夜に...
クークズ・ハイハットの基盤とも言うべきオンラインショップも、開設から1年が過ぎた。この一年間の活動を振り返るとボクなりのベストは尽くしたつもりである。カウンタを見ればインディーズ・ブランドとしてはそれなりのアクセス数があるかもしれない。しかし、ボクたちはまだ全てのチカラを出しきっていないし、これからやりたいことだって、もっと、もっとある。
サラリーマンだったボクを知っている人たちは、ボクのこの大胆なドロップアウトを賞賛すると同時に心配がるけど、クークズ・ハイハットはボクのライフワークなのだから、これでよいと思っている。もちろん、これまでの自分に関係がないと思ってきた事柄や世界に足を踏み入れることはとても不安である。その世界に存在する事象を考え、悩み、自分の理想と現実のギャップを分析しなければならないのだから当然のことではある。
けど、それは、社会の仕組みを理解することにほかならない。あらゆるキマリごとのある社会は、そのキマリごとの多さ故に、湾曲し、ボクを失意のどん底に追いやることもある。けれど、考えをやめてしまったら一歩も進むことが出来ない。
親は子に、しっかりとした考えを持った大人になって欲しいと願う。
子は、純粋な好奇心から「なんで?」を連発する。
幼少期のボクの口癖も「なんで?」だった。母が答えてくれても、その答えに対してまた、「なんで?」と繰り返していた。もちろん、これがボクなりのスキンシップの手段であった。明らかな確信犯でもあったけど。
あるときから、母がたくさんの本を買ってくるようになった。
偉人伝・ギリシア神話・天体・動植物など、ジャンルも問わずに持ってくる。
ボクは手渡される順に全て読んだ。本に書いてあることを覚えようとした。そして、それを母に報告することが、いつのまにかボクのスキンシップの仕方になっていた。
おかげでボクは本から得る情報に興味をもった。
今でもボクの嗜好はあの当時とたいして変わりはないことを考えると、幼少期の読書がもたらす影響が大きいことがわかる。
こんなことなら、数学やビジネス書なんかも買ってきてもらえばよかった。
ここ何日か、変な夢をみている。
ボクは、試験を受けている。
自信満々に答えを書いた。
90点は堅い。
おかしなことに、答案用紙を集めるとき、ボクの答案用紙はボクが書いたモノではなくなっている。
いや、ボクが書いたモノなんだけど、今書いたモノではない。
ボクは、すり替わってしまったその答案用紙の答えが8割がた間違えていることを知っている。
にもかかわらず、ボクはそれを提出するしかない。
案の定、ボクは滅茶苦茶悪い点数だった。
ボクの中で「最低か?」という思いが芽生える。
「いつもボクよりも出来の悪いヤツにさえ、抜かれた」という恥もある。
でも、ボクはボクのこの態度がフェイクであることも知っている。
点数の悪かったことなど、本当のボクは気にしてなんかいない。
でも、現実には、ボクの答案用紙には?印が並んでおり、ボクを悩ませる。
追試かな?という不安がよぎる。
「ボクの精一杯のチカラではないのだ、気にすることはない」と言い聞かせる。
しかし、「目の前の?印はウソをついていないのではないだろうか?」とまた不安になる。
結局、ボクは追試を受けていない。
というか、決定する前に目が覚めてしまうのだ。
目覚めてボクがはじめにする行動は、満点に近い答案用紙を探すことである。(笑)
...だれか、この夢を分析してくれー。
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