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●いまどきのこども
平成大不況の今、家庭を預かる奥様は財布のひもをぎゅっと締めているにもかかわらず、お子様のおもちゃはどんどんと電子化され、それにともない価格もぐっとあがってきている。
ボクが小学生だった頃、ゲームといえばもちろんゲームウォッチ。
見づらい液晶画面と格闘し、999点を獲得するヤツはヒーローだった。
コンパクトみたいな上下2画面タイプを持つヤツは王様扱いされていた。
当時の大人からみたら、ボクたちもまた「いまどきのこども」だったのかもしれない。
が、決定的に違っていたのは「遊ぶ場所」であったように思う。
大人は自分たち大人の社会を発展させるために自然を壊してきた。
自然は人間以外の動物たちだけのものではない。
ボクたち子供のものでもあった。 あの頃のボクは片手に電子ゲームを持ってはいたものの、暖かい部屋の中で遊んだりはせず、半ズボンが真っ黒になるまで自然の中に身を投じていた。
夕方になり友達と別れ、ひとりになると急に周りの静けさが気になる。
風に揺れる大木の葉はボクに早く家に帰れと急かす。
季節を全身に感じながら家路を急ぐ。
ポケットに宝物の液晶をつっこんで。
汚れたズボンは洗濯機に放り込まれ、運悪く宝物もキレイに洗濯されてしまった。
大事なものだからこそ、落とさないように、壊さないようにしていたのに!
二度と戻ってこない、ボクのタカラモノ...
ボクは、いまどきのこどもたちをかわいそうだと思う。
物が溢れ、壊れればすぐに新しいものに交換される。欲しいとダダをこねれば比較的簡単におもちゃは手に入る。
でもね、
ボクたちがこどもだった頃のような自然は今のこどもたちの前にはない。
田舎にも都市計画化の波は広がり、アスファルトとモダンな建物が増えている。
酷似した建売住宅は土地柄を麻痺させる。
どこにいても同じような風景。
大人たちの作った社会は季節を破壊してしまった。
家の外にはエアコンディショナーの室外機が並び生暖かな風を吐き出す。
窓からは蛍光灯の白い光、電柱の電灯もこうこうと灯り、本当の暗闇は存在しない。
こどもは元気にかけまわるのがシゴトだ。
そうして自分が自然の一部なんだってことを知る。決して1人ぼっちじゃないってことを。
ゲームさえ、友達とのコミュニケーションを活発化させるアイテムの一部。
おもちゃを持っていなくたって、かけっこの早いヤツは鬼ごっこでは絶対的なヒーローなのだ。
ましてや、お受験や塾通いなんておとなたちの作ったくだらないおもちゃだ。
ボクは、泥んこまみれのこどもたちを応援している。
※ボクの実家がある街も都市計画化は進み、当時の面影はだいぶ薄らいできている。
が、夜になれば闇につつまれる場所は多い。
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