ヨタばなし★スターメンバー バックナンバー:vol.08
Tシャツ屋のクークズ・ハイハットが本業そっちのけでお届けするおもしろメルマガ
● punk philosophy
クークズ・ハイハットのコンセプトはパンク。
音楽スタイルとしてのパンクではない。
すべての人の心の根底に流れる姿勢のことだ。
メールマガジンの2号「メッセージ文化」の補足みたいなもんだ。
ただパンクというとパンクロックのことかと誤解されそうなので、少し説明してみようと思う。もちろん音楽ジャンルとしてのパンクと完全に切り離せるわけじゃないから、音楽の話もでてくるけどね。
最初にパンクを定義してみようか。
パンク。
それはシステマチックに均一化した世界に厳然と存在するはずの“何か”を取り戻す姿勢のこと。
“反抗”というキーワードがすべてを説明してくれるはずだ。
これから一緒に、この定義を検証していこう。
今にして思えば、僕はものごとを自分の頭で考えられるようになってから、ずっとパンクだった。そのことに気づかずにいたけど。オトナたちにあーだこーだと言われるたびに、「うるせー」と思ってた。そしていつでも、なんで「うるせー」なのか説明できるだけの理由があった。それは常に、自分の身の回りで起こる事柄についてばかりだったし、僕が「メッセージ文化について」でメールマガジンに書いたように、ささいなことが多かった。要は、中学で、ひたすら無意味なたくさんの規則に縛られてたときの「うるせー」なのだ。僕はいつでも、均一化した世界とは相反してた。
そんな僕の、最初のロックとの出会いは、悲しいことにいわゆる「アメリカ発産業ロック」で、僕はまだ6歳だった。1977年頃のことだ。僕の親は、なぜか僕が幼稚園に行っていたころ、僕に英語を習わせていた。とはいってもまだまだ日本語もままならない幼少時代のことだから、エレファント!とかヒポポタモー!とか叫んじゃぁ塗り絵に色を塗り、塗り終わるとお菓子がもらえる、というだけだったし、僕がそんなもんに泣かずに通えたのも、あたりまえだがお菓子のためだった。それでもとにかく英語に対して恐怖心のなかった僕は、アメリカンロックにいたく感動して、歌詞を覚えることに夢中になった。なんだかとてもかっこいいと思った。
実はこの1年後、アメリカで、「ノーニューヨーク」というアルバムがリリースされているんだけど、これがおそろしいほどジャーナリズムに無視されたものだから、極東ニッポンに住んでいた僕のところにその音が届くことはなかったし、たぶん聴いてもコドモの僕にはわからなかったにちがいない。僕がこのアルバムを手に入れたのは、それから何年後だったろうか。そのアルバムはとにかくかなりの浦島太郎になっていたので、「ずいぶん古い音だなぁ、で、なんだこりゃ」だった。でも、今にして思えばこのアルバムはただものじゃなかった。だって、これを作り上げたクリエイターたち(これ、オムニバスアルバムです)は、こと音楽に関して何の経験もなかったのだから。もう表現欲のなせるワザとしか言いようがない。きっと彼らは、やりたいことをやりたいように表現しただけなんだろう。簡単なようにも聞こえるこの「やりたいことをやる」っていう言葉の真意は、本当にそんなに単純なんだろうか?プロフェッショナルで均一化した業界に、一石投じたことにはならないか?
ところで、生まれながらにしてパンクだった僕には、ひとつ考えなきゃいけないことがあった。さっきの学校の規則のことなんだけど、本当にささいなことかどうか、である。
中学時代の「うるせー」から,少しオトナになった高校生の僕は、あくまでもパンクな僕らしい、ひとつの解釈をみつけた。学校の規則は、それ自体が無意味だってことに気づいちゃうような、そして「そんなもんアホらしくてかまってられっか」っていう反抗心をちゃんと持った生徒の、「元気」を育てることぐらいには、どうにか貢献している。規則は、従順なヤツのためにあるのではない。なんの矛盾も感じないで前へならえができるヤツは成長しないのだ。僕みたいに反抗的なヤツの反抗心のために、くだらない規則はあるのだ。
かなり勝手な解釈だけど、僕にとってはこれが答えだ。おかげで僕のパンクぶりには磨きがかかり、心身ともに、世の中の「普通」とされているほとんどのヤツに比べて、健康で、正常で、そして自由だ。
結局は、この疑問がその後の僕の人生の伏線になっている。それは僕の中の音楽史と重なって、僕に第1歩を踏み出させた。パンクの本当の意味を知るための旅のはじまりである。
僕が中学生だった1980年代中頃は、ちょうどポップス神話が全盛期だった。
僕は相変わらず洋楽ばかり聴いていた。別に邦楽が嫌いだったわけでもなんでもないが、なんだか聴くきっかけがなかった。そのころはブリティッシュバンドのプロモーションが音楽雑誌でもMTVでも盛んで、好きなバンドがなかったわけじゃないけど、なんとなく音楽業界そのものに現実味がなかったような気がする。ヴィジュアル系が悪いとは言わないが、どうも彼らはプロモーションばかりが忙しいように見えたし、エレクトロニクスサウンドがいけないとも言わないが、彼らのプレイからアティテュードは伝わってこなかった。
たぶん僕は待っていたんだろうと思う。かつてイギリスで起きたことと同じ、セックス・ピストルズに衝撃をうけた若者たちがパンクバンドを結成していったときのようなパンク・ムーブメントを。
そして1980年代後半、高校生になった僕の嗜好は、アンダーグラウンドに寄っていくことになる。このころにも、ブリティッシュバンドは依然として人気があったし、それなりにビッグなアメリカンロックバンドは存在した。メジャーレーベルから出るレコードは洗練されていて、どれもこれもキャッチーだった。
それでも僕の興味は、インディレーベルのアーティストたちに傾いていく。
そこでは、アーティスト主導だったからだ。なにがなんでもマスマーケットねらいのメジャーレーベルとはすべてがちがっている。そこでは,やりたいことをやりたいように表現することが可能だった。「ノーニューヨーク」というアルバムが投じた一石のような無数の小さな原石が、そこには転がっていたのだ。
余談になるが、特にサブポップなんかは、アーティストの顔ぶれでも、売り方(シングルクラブモノは手に入るはずもなかったけどね)でもユニークだったと思う。僕にとって、一番の衝撃はニルヴァーナだった。(男同士でもかまうもんか。僕はカートの声に恋してしまった。僕は当時ニルヴァーナマニア(ニルヴァーナ熱)という病気にかかり、カートのいない今になっても完治していない人間なので、ニルヴァーナとカートとコートニーの、胸が締め付けられるような切ない足跡を本にしたいくらいだけどそれはおいとこう。)歌詞も、コード進行も、3人という編成も、絶妙だった。ニルヴァーナの曲を聴いていると不思議な気持ちになる。カートはいつでも感情を絞り出し、自分の体重を減らすことと引き替えに歌を唄っていた。いつも、今いる場所から落ちてしまいそうに危なっかしかった。僕の心は不安定になり、カートの怒りの理由を知りたがった。ほかにも似たような音楽性のバンドはあったから、新しかったかと
聞かれて「はい」とは答えられない。僕はクスリもやってないし、自殺しそうなタイプとはほど遠いが、カートという人間とおそらくかなり似ているのだ。
とにかく僕にはニルヴァーナがぴったりだった。荒削りで、衝動的で、絶望的なそのサウンドは、まさに、システマチックな音楽業界に波紋を投げかける一石、パンクだったのである。
そしてついに1991年夏、僕にとっても世界中にとっても、運命のアルバム「スメルズライクティーンスピリット」がリリースされた。メジャー(ニルヴァーナはゲフィンに移籍)から出たアルバムにしては、飛び抜けてスリージーなサウンドだった。
なぜ売れたのかについては諸説ある。「作品そのものの方向性やクオリティバランス、音楽シーンの変化、時代の要請なんかが、何億分の一かの確率で一致した結果誕生した奇跡のアルバム」ということになっているんじゃなかったかな。とにもかくにも、この年、再びパンクは爆発した。僕が待っていた瞬間である。
ここからパンクムーブメントの連鎖反応が始まった。連鎖反応といえば、イギリスのパンクムーブメントも元気がいい。サッチャーさんのせいだな、きっと。
僕は、パンクが爆発する条件のひとつに、環境があると思っている。「負けるもんか」と思ったとき、「うるせー」と思ったとき、大きな声でそう言えることがパンクだからだ。フラストレーションがパンクの原動力だからだ。イギリスのパンク、特にハードコアパンクは、時間の経過とともに変わってきたと思う。歌詞の内容が、反抗だけじゃなく、だからもっとこうしよう的な、責任感みたいなものをみなぎらせてきた。“反抗”をキーワードとしたパンクには、強い主張と、はっきりした理由があるのだ。自分はどうするのかってことがちゃんとわかってるのだ。
だから、歌詞の意味も判らず、パンクロックってこんな感じーとか言って1枚聴いたぐらいでパンクを語ってはいけない。そんなやつを見かけたら、僕はひっぱたいてやることに決めている。
みんなが同じことを考えて同じことをする、そこにある矛盾にみんなが気づかないような均一化した世の中で、絶対にどこかにあるはずの大切な何かを取り戻すためのたたかい。パンクってね、音楽スタイルのことじゃないんだ。その人の人生においてまっすぐに筋の通った、アティチュードそのものを指す言葉なんだ。
1991年。僕はハタチになっていた。パンクという言葉が持つ、本当の意味と圧倒的なパワーに気づき始めてから、数年経ってしまった。なんだぁ、もうオトナじゃん。一瞬少しがっかりしてから、今度こそ本当に理解したのだ。パンクなんて難しすぎて、所詮コドモには理解できないのだ。心がオトナになってないと絶対にわからない。
パンクに生きるには勇気がいる。なにしろ、やりたいことをやりたいようにやって、言いたいことを言うんだから。そしてすべての“反抗”には理由がなければならない。
コドモの頃従順だったオトナには、まちがいなくばかだばかだと言われるだろうが、はっきり言わせてもらえば、ばかはパンクになれない。
僕は常に何かに反抗しながら生きてるし、僕は僕の生き方に自信を持ってる。
だれがなんと言おうと、僕はこれで間違ってない。
パンクに生きる。これって、素晴らしくて、難しくて、けっこうオトナっぽくて、そしてかなりかっこいいと思わないか?パンクな生き方は、僕たちを自由にしてくれる。インディペンデント(自由)な生き方は僕たちを強くしてくれる。
クークズハイハットの原点はここ。もっと自由に、もっと楽しく。
パンクの定義に戻ろう。
パンク。それはシステマチックに均一化した世界に厳然と存在するはずの“何か”を取り戻す姿勢のこと。
“何か”には何が入るだろうか?「個性」でもいいし、「真実」でもいいし、「アイデンティティ」でもいい。言葉はなんでもかまわないけど、とにかくそれは「一番大切なモノ」でなければならない。僕たちが生きた、証になるものでなきゃ。
パンクの炎は消えることがない。
なぜならパンクは常に、鮮やかに時代を切り取ることができるからだ。当然、パンクは逆境にあうことも多いけど、それでもパンクは、それを理解しない体制に対して、自己を犠牲にしてまで牙をむく凶暴さを秘めている。パンクはへこたれない。その雑食性がそうさせるわけではなくて、パンクな人間はパンクにしか生きられないから、へこたれようがないんだ。だから絶対になくならない。
ヒット商品、ビッグネーム、人気ブランド、ヒットチャートなんていうものは実に中央集権的だ。そんなものばかり追求したら、どんなシーンだって平均化して、個性の薄いものばかりになってしまう。その意味で僕は、音楽界と同じように、あらゆるカテゴリーでヒットチャートが崩壊する日を待っている。流行語としてのグランジは終わっても、次のシーンの扉をたたくアティチュードは消えることがない。インディペンデントな、小さいけど力強いうねりがあるから世の中はおもしろいんだ。
世の中は常に変化をせまられてる。
僕は、「パンク」という認識を持たない、持てない人に、シーンの扉は開かれないと思ってる。
伝統は、守られるためにあるわけじゃない。次のモノを生み出すためにあるんだ。
伝統は次の「何か」のために今この瞬間も壊され続けてる。
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